大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和58年(行ツ)8号 判決 1984年9月18日

千葉県成田市天神峰三三番地三

上告人

小川嘉吉

右訴訟代理人弁護士

近藤勝

大川宏

千葉県成田市花崎町八一二番地一二

被上告人

成田税務署長

中島秀夫

被上告人

右代表者法務大臣

住栄作

右当事者間の東京高等裁判所昭和五五年(行コ)第七七号不動産差押処分等取消及び相続税債務不存在確認請求事件について、同裁判所が昭和五七年一一月一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人近藤勝、同大川宏の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定にそわない事実を前提として若しくは独自の見解に立つて原判決の不当をいうものにすぎず、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安岡滿彦 裁判官 伊藤正己 裁判官 木戸口久治 裁判官 長島敦)

(昭和五八年(行ツ)第八号 上告人 小川嘉吉)

上告代理人 近藤勝、同大川宏の上告理由

原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認、法令解釈の誤りがある。

一、自己申告原則違反に係る事実誤認

原判決は、上告人の申告書提出について、

「不本意ながらも本件農地について、本件基準が定める基準価格によつて価格を評価・記入し相続税額を算出したことについて、一応納得して申告書を提出したもので、その間、松戸係官が控訴人に対して、過度にわたる不当な勧奨、説得をしたり、強制的な言辞や態度を示したなどと認めるに足りる証拠はない」(原判決七丁裏)

と判示している。

しかし、原告本人尋問の結果によれば、

「どうしても、今日出さなきゃ、明日はだめなんだ、と言われたんで、やむをえず出した」「どうしても、今日が期限だからということで押しつけたわけ」

であり、証人松戸亮も、時間が非常に切迫していたことを強調している。

上告人は、松戸係官の時間がないという言葉にせつつかれ、「やむをえず押しつけられ」て申告書を提出したものである。

原告本人尋問の結果によると、上告人は、税額としてそれの算出基礎となる空港建設用地内の土地の課税標準価格について、直せと要求しているのである。右の証拠によると、上告人が本件申告を不本意ながら、一応納得したなどとは到底認定できないところである。

そのうえ、上告人は、本件申告書提出後も本件相続税額について、単独または訴外加瀬完代議士を同道のうえ、成田税務署に赴き異議、不満を述べ種々交渉をもつている。さらに、その後も、督促処分に対する異議申立、差押決定に対する異議申立、審査請求、本訴の提起などの諸手続において、本件相続税額に対する不服を申立てている。申告書提出直後から今日にいたるまでの、一連の上告人の抗争態度からみて、上告人が本件申告について何ら納得していないことは一目瞭然である。結局、上告人は、時間がないから今日提出せよとの松戸の言葉に強制されて、本件申告書を提出したものである。

原判決は、申告書提出当時の上告人本人の供述およびその直後からの上告人の一連の行動を無視し、申告書が提出された以上申告の意思があつたはずだとの推測にもとづき一方的に証人松戸の証言を採用したものであつて、証拠の評価を誤り、事実を誤認したものであり、判決に影響を及ぼすことは明らかである。

また、右判示によれば、原判決は一審判決同様、税務署員が、代筆にさいして「勧奨」「説得」すること自体容認されているものと解しているようである。

しかし、納税者側の意見に問題があるとしても、税務署側の見解を示して、これによるよう勧奨ないし説得することには、代筆本来の意味に照らして疑問がある。すなわち、納税者側の意見に問題があるという場合であつても、単純な計算違い、誤解の類の場合もあれば、本件の如く課税標準価格の算出根拠についての重大な見解の相違の場合もある。後者の場合、納税者は自己の納税額につき一つの見解を有しているわけであつて、この場合、税務署側が自己の見解と異なることをもつて、自己の見解に従うよう「勧奨」したり、「説得」したりすることは、代筆の本来的意義から逸脱するものである。代筆者は、納税者の意向に反して、自己の意思を前面に出すことは出来ない。代筆が代理と異なるゆえんである。

もともと代筆を依頼する納税者は、税法はもとより税務上の諸手続について全く無知なのである。だからこそ、申告書の作成を税務署職員に依頼するのである。代筆行為自体に納税者の意向を無視、軽視し税務署側の見解を押しつける危険性が常に内在する性質を有するものなのである。税務署職員と無知な納税者との間に対等な一対一の関係はありえないのであつて、もし、代筆者が、それは税務署の見解と異なるから、わたしは書かないといつて、代筆を途中で止めるといえば、納税者は途方にくれる外ない。また出直して税理士に依頼する外ない。そして、応々にして、無知な納税者ほど申告期限ぎりぎりに来るものであり、かつ、かかる納税者ほど申告期限を徒過してもいいから後日加算税を覚悟して慎重に出直すという図太さをもち合わせない善良な市民である。上告人はまさにこうした例であり、松戸係官の説得により、自己が納税すると否とを問わず、申告書を提出せざるを得ない窮地に追い込まれたのである。

原判決は、勧奨や説得が強制にわたらないかぎり許されるものと解するが、これは、代筆者と納税者の代筆の現場における不対等な関係を全く無視するものであつて、不当である。右に述べたような代筆の現場の状況に照らせば、税務署職員による勧奨、説得は常に強制の契機をはらんでいるものと考えるべきである。納税者が税務当局と異なる見解を有していたとしても、代筆者は、納税者の意向に即した申告書を作成すべきであり、もし、それが、税務署の見解に反しているということであるならば、その後に、更正決定等の然るべき措置をとれば足りるのである。それをしないで、税務署の見解に従えないのなら、代筆を止めるとか、一応申告書を提出してから後日納税者(これが税法に無知であることを想起されたい)に対し、更正の性急等の手続を採るよう新たな負担を課すべきではない。証人松戸の証言にように、代筆が納税者に対するサービス行政の一環として行なわれているのであれば、ひとまずは、納税者の意向に合致した申告書を作成すべきである。松戸係官は上告人が、本件土地について空港とは関係ない旨述べ、異議を申出ているにもかかわらず、申告書に税務署側の見解に従つた課税標準価格を記入したのであり、ここにおいては、何ら勧奨、説得の事実はないのである。松戸係官としては、この時点で、上告人の見解に従つた価格を記入していくべきであつた。

右のような対応こそ、自己申告の原則に即した正しいあり方といわなければならない。

よつて、原判決は、代筆に関する解釈を誤つた違法がある。

二、租税法律主義違反に関する判断の誤り

原判決は、一審判決同様上告人の錯誤に関する主張について、課税標準価格が適正な時価を上まわることが客観的に明白であると認めるべき確証はないこと、及び、更正請求以外にその是正を許さないならば申告者の利益を著しく害する特段の事情がないことを理由にしりぞけている。以下、この点について述べる。

1 課税標準価格は適正な時価ではない。

本件相続税申告書において、空港用地内の買収予定価格はいうまでもなく、条件派三団体との覚書による価格を基準としている。しかし、右の価格は、条件派慰撫のための政治価格である。

しかし、空港公団は同じ空港用地内の土地の価格について、千葉県土地収用委員会に対する緊急裁決申請にあたり、損失補償の見積額として右条件三派との調印額より少ない金額を提示している。すなわち、畑一一二万円、田一一〇万円、山林七七万円(いずれも反当り)である。これらはいずれも、財団法人日本不動産研究所、株式会社日本不動産銀行の評価をもとにして決定したものである。これらの価格と条件派との覚書による価格を比較すると畑一四〇万円(三八万円増)、田一五三万円(四三万円増)、山林一一五万円(三八万円増)宅地二〇〇万円(四九万円増)である。同じ買主(空港公団)が土地を買うにあたり、条件派から買う際は高く、反対派に対して土地収容法を適用して強制的に買収する際は、安く手に入れるということはどういうことであろうか。公団は、条件派に対しては、畑を二五%強、田を三九%強、山林を四九%強、宅地を三二%強も高い金額を提示しているのである。

しかも、緊急裁決は、昭和四六年六月一二日になされており、損失補償額としては、公団の見積額を採用している。

昭和四三年の時価の方が昭和四六年の時価よりも高いのである。

原判決は、(当審での控訴人の主張に対する判断)一、において、条件派からの「買収価格は不当に高いということはできず、しかも、前記の標準価格はその七割の金額であるから、時価評価の基準として不当であるといえない」旨判示する。

しかし、土地の評価が、二五%から四九%も高くなつていることは、不当ではないか。しかも、三年経過した後の時価よりも高いということは不当ではないか。

任意買収の時価が高く、強制収用の時価(補償額)が低いことが不当でないのか。

原判決は、空港予定地外の騒音地域、アプローチエリアに関しては任意買収の途しかなく、法律上、地価凍結の規則もないと述べる(一〇丁裏5~8行目)。それであるならば、法律上凍結された時価にしたがつて課税の標準額も定められるべきでないか。

本件土地に関しては、公団の条件派に対する買収価格ではなく、土地収用委員会における起業者公団の見積額で強制的に買収される可能性の方が高かつたのである。また、前年一一月三〇日付での財団法人日本不動産研究所の鑑定価格がより時価に近いのである。

したがつて、成田税務署長が、空港公団の条件派からの買収価格をもとにして、標準価格を設定したのが誤りであることは、明らかである。

2 特段の事情の存在

原判決は松戸係官から後日更正の請求ができるからといわれた旨認定するが、その内容はどんなものであつたか。

原告本人尋問の結果によれば、「あとで直せるから、出せといわれた」ということである。松戸係官は、単にあとで直せるといつたにすぎず、具体的に更正請求の手続の詳細な内容は説明していないのである。さきに述べたように、上告人のような無知な納税者に対し、何ら具体的な事項については説明していないのである。

しかも、その後、上告人が成田税務署に赴むいても、更正請求の手続については、何ら具体的な手続を教示していない。更正請求の手続は一ヵ月以内に行なわなければならないことについては、何ら教示していない。しかも、それを紛らわすように九月八日付で督促状を発付しているのである。

かかる状況に鑑んがみれば、「あとででも直すことができる」という松戸係官の言葉は、単に、その場限りの便宜的なものと考えざるを得ない。松戸係官が上告人の見解の当否を法的に確定させたいと考えるならば、更正請求の手続も代行してやるべきであつた。

上告人は、結局、松戸係官の不適切、不親切な対応により、通達による時価評価が正しいのか、倍率方式による時価評価が正しいのかを法的に検証する機会を失なつてしまつたのである。

問題のよつてきたる渕源は、松戸係官の、被上告人側の不適切な対応にある。

このため、上告人は、更正請求の手続を採りえず、自己の利益を著しく害されたのである。

3 よつて、上告人の錯誤の主張は認められるべきである。

三、租税公平の原則違反に関する事実誤認

原判決は、九丁において、本件と同種事案で、「本件評価基準によらないで申告された例や、あるいは相続税の申告自体がなされなかつた例があり、それらについて格別の税務上の措置がとられないとしても、それにより直ちに控訴人のした申告が、平等原則違反の瑕疵を帯びるものではない。」と即断する。

しかし、本件評価基準が適用され、かつ、そのため四五八万円余もの税額を徴収されようとしているのが、上告人ただ一人であるということは、重要である。成田空港建設過程の一五年間を通じて、全関係者のなかで、唯一上告人のみ本件評価通達の適用を受けたということは、正しく、本件評価通達自体の合理的根拠そのものを疑わしむるのに十分であり、とくに、上告人の「申告」以降通達適用の例がないということは、税務当局の対応もさることながら、通達自身の公平性をも失わしむるものと考えられる。

このことは、用地外のアプローチエリア、騒音区域の問題とあわせ、租税公平の原則に違反する事態と考えられる。

四、当審での控訴人の主張にたいする判断の誤り

1 原判決は、「アプローチエリア予定地及び騒音対策地域内の土地について倍率方式が採用されていることは妥当でないとはいえず」と判示する(一一丁表三~五行目)。

そして、右判断の流として、右土地が起業地外であること、地価凍結の規制もないことをあげる。

しかし、アプローチエリアは、成田空港が国際空港として機能するためには、必要不可欠な航空保安施設を設置しなければならない用地である。それを起業地に含ませなかつたのは起業者公団のミスであつた。事実上、買収しなければ開港できない土地であつた。それが故に、公団は用地内とおなじ条件で買収せざるを得なかつた。したがつて、「時価」は、用地内と同じにならなければならなかつた。とても、固定資産税評価額の何倍かで済む価額ではなかつた。

原判決は、時価凍結の規制というが、これは、むしろ、公共事業予定地が、いわゆる、「ゴネ得」により異常に高騰するのを防止するためにもうけられた制度であり、この規制の及ばない土地こそ、地価の高騰を招くのであつて、論理が逆転している。

騒音区域についても、内陸空港の宿命として、必然的に発生する騒音公害の対策上必要不可欠のものであり、公団が必要とする土地なのである。だからこそ、これも予定地内と同一の価格で買収されることになつたのである。

本件評価通達のおいて、本件標準価格が設定された根拠が、公団と条件派との覚書による価額によつて、土地の取引が行なわれる蓋然性が高いということであれば、彼此異同はないはずである。

また、逆に、強制収用が予定されている土地については、本件標準価格よりも低い金額で、収用の補償額が見積もられ、かつ、低い見積額で現実に収用されている。

原判決は、「空港の位置はすでに昭和四一年七月五日政令第二四〇号により千葉県成田市と定められており、……同法による収用が予定されていた土地であることが認められる」と判示する(一一丁表一〇行目~同裏五行目)。これは、同政令の誤解である。

昭和四一年七月五日の時点で、本件土地が空港予定地であるかどうかは全然確定していない。どうして、事業認定の告示もないのに、起業地になるのか。価格凍結の効果が発生するのは、事業認定の告示があつてからではないか。

前記政令では、具体的にどこが空港の敷地になるのか、全く線引がなされていないのである。もし、右政令により、空港の敷地の範囲が明確になつたと考えているならば、法律家にあるまじき無知である。航空法三八条等の所定の手続きを踏むことなく、飛行上の位置を定めることはできないのである。

原判決が右政令をもちだしたことは、明らかに法令の解釈を誤つたものである。

以上

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